社会学者としての上野千鶴子の絶望

上野千鶴子がこんなことを言ってる。

「女子力を磨くより、稼ぐ力を身に付けなさい!」上野千鶴子さんが描く、働く女の未来予想図 - Woman type[ウーマンタイプ]|女の転職type

ある意味この人らしい物言いだと言っていい。ブコメを見ると、特に以下のような部分に違和感を持たれるようだ。

だから、現在20代や30代の若い女性たちも、ゆっくりまったりと生きていけばいいじゃないですか。成熟期の社会では、皆が髪を振り乱して働き、他人を蹴落としてまで成長していかなくてもいいんですから。賃金が上がらないといっても、外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう?

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同種の文言はもっといかがわしい連中によって、精神論というか自己啓発的・マインドコントロール的に語られることが多いからだ。
もっともこれはそう読むべきではないだろう。はっきり言えばこの部分は「あなたは300万円の年収なのだから、それにふさわしい楽しみで満足するより仕方ないのよ。それは自分に見合った程度の娯楽でしょ」と言っているだけだ。
だたこれを、たとえば一部の保守主義者にあるような「身分相応」という考え方と読むべきでもない。
単にそれぞれの「私」の現実において生きるしかない、といった程度の事を言っているだけだ。それは自分の「分」をわきまえろ、というようなことではない。もっと身も蓋もないことだ。

上野の絶望

例の「おひとりさま」以降の上野に対する批判は、おおむねそのようなものだ。
「老後おひとりさま」なんて、単にお花畑なスピリチュアルw幸福論か、そうでなければ上野自身のように社会的・経済的に高い「身分」にだけ可能なことで、多くの日本人に一般化して語れるものじゃない、的な。
「おひとりさま」以降、上野は基本的に自分自身についてしか語っていない。現にある自分の立場にのみ基づいて語っている。そこに生活保護すれすれのシングルマザーの老後など入ってこない。
多くの読者は彼女に「社会学者」を期待するが、彼女はもうそういう立場としては語っていない。

どういうことかといえば、彼女は現実にある人のライフサイクルを考える上で、もう社会制度や政治政策を全く考慮していないということだ。単に、その人の現に可能な生活を語っているだけ。

そこに社会学者らしい(政策)提言はない。
このエントリでも、現行の政策や制度の問題点を指摘はしているものの、是正を提言することはない。望ましい社会制度を構想することもない。

結局のところ、日本企業の多くはいまだに男社会のルールを変えず、「オレたちのルールに従えるなら、お前たちも仲間に入れてやってもいいぞ」と女性たちに言っているだけです。ただし、こうした差別型企業は、グローバルマーケットにおける企業間競争に負けるでしょう。

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彼女はもう徹頭徹尾、この国の行政や政策、制度や社会に絶望してるんだと思う。もうそれを変えようなんて思ってないし、変わるとも思ってない。
ただそこでいかに生き残るか、各自が自分の現実的な条件の中で生きる方法を考える必要があるとだけ言ってる。ここには(社会変革への)意思も期待もない。
もう大文字の社会などない。彼女がもはや右翼でも左翼でもないのはこのような場においてだ。
身分や社会階級の自覚が自分の助けになるなどカケラも考えていない。それは制度的・政策的な変革についても同じだ。
社会保障が充実すれば、マクロ経済状況が上向けば、、、しかしそれが「おんな」を助けるなどと信じていない。
ここで彼女は右でも左でもなく(無論真ん中などでもなく)、単に孤独だ。
(かろうじて思想家としての彼女は「女縁」なる連帯概念を言うが、これを社会学的に見るべきではない。)

日本の老後

上野が齢をとったということかもしれない。
いずれにせよもう時間が無いのだ。自分が生きている間には、望ましい「社会」などやってこない。
この変わらなかった社会の中で、現実的条件の中で老後を生きるしかない。
だが彼女の絶望は多分もう少し深い。

「もう時間がない」のは60を超えた上野千鶴子だけではないからだ。
彼女がいまだ社会的発言をするのは、その聞き手(若い女性を想定しているだろう)もまた将来において上野と全く同じ絶望に直面するからだ。
社会がどのように変わろうと、彼女たちはいま上野が直面しているのと同じ絶望にやがて直面するだろう。何も変わらないからだ。
今年生まれた女の子の未来とは、すでに上野が経験した「変わらなかった過去」だ。彼女たちにとってすらもう、社会が変わるのを待つだけの「時間はない」。
だから基本的に、現に自分が手にしているものだけでその生涯を生きるしかない。だから全ての女性はたとえ300万でも独力で稼げるようになる必要がある。
そこに到達できなかった弱者は、上野にとってももうどうすることもできない。
それは思想でも学問でもなく運動によって社会とコミットしようとした人の結論だ。それは自己責任論とは違う。

「女子力を磨くより、自分に投資をして稼ぐ力をつけなさい」
これが私から若い女性たちに送る、これからの時代を生き抜くためのアドバイスです。

「女子力を磨くより、稼ぐ力を身に付けなさい!」上野千鶴子さんが描く、働く女の未来予想図 - Woman type[ウーマンタイプ]|女の転職type


おまけ
これは男というだけで一定の社会的信用があり、基本給が高い側にはわかりにくい部分はある。
ただ女性の地位の向上は今後も続くだろうが、一般に社会的な「女性の優遇」はカネを払える女性に対して行われてる。女にこそカネが必要なのだ。